# PEGで言語をデザインしてみよう PEGについて一言で説明としたら,「言語を定義するための言語」です。言語としてのPEGは,C++やJavaScriptなどの言語とはずいぶん毛色が違います。むしろ正規表現,XML Schemer,DBのテーブルスキーマのように「規則を定義」するタイプの言語です。 PEGで文法を書き表すことによって,人間に読みやすくかつ厳密に文法を定義できます。さらにこの文法ファイルを使って,その言語のパーサーをプログラムに自動生成させることもできます。 PEGの記法はとてもシンプルで習得しやすいものです。BNFや正規表現をご存知の方でしたら,ほんのわずかな時間で覚えられるでしょう。 PEGの理論的背景についてもっと知りたい方は,Bryan Fordさんの[2004年の論文[Link_Ford]を読みましょう。このTechnical Paperの2番めのセクションには,PEGをPEGで定義するとても興味深いコードが載せられています。(私もこれを参照しながらパーサジェネレータを実装しました。) 「習うより慣れろ」と古くから言われるように,実際に手を動かしてコードを書くことは理解を深めるための早道です。その際[「PEG Playground」](http://yhirose.github.io/peglint/)を使ってみてください。このWebアプリは,PEGの文法定義コードと定義される言語のコードをリアルタイムにチェックしてくれます。 では始めましょう。最初にデザインするのはCSVフォーマットです。 ## CSVフォーマット おなじみカンマ区切りフォーマットの文法を定義してみましょう。CSVには色んな方言がありますが,以下の仕様を満たすものとします。 * CSVファイルは,一つ以上フィールドでなる,一つ以上の行の集まり * フィールドは,ダブルクォート無しと有りある * ダブルクォート無しのフィールドには,カンマとダブルクォートを含むことができない * ダブルクォート有りのフィールドには,ダブルクォート以外の全ての文字と,連続したダブルクォートを含むことができる テストのしやすさを考慮して,規則をボトムアップで定義しましょう。まずはダブルクォート無しのフィールドです。 NO_DQUOTE_FIELD <- (![,"\r\n] .)* この規則は「カンマ,ダブルクォート,改行以外の任意の文字の0回以上の繰り返し」を意味します。理解を深めるために,規則を構成する個々の要素を見てみましょう。 `.`は任意の文にマッチします。`[,"\r\n]`はカンマ,ダブルクォート,改行文字のいずれかにマッチします。外側の`()*`は0回以上の繰り返しを意味します。どれも正規表現と全く同じですね。 `!`は「否定先読み」演算子で,後続の`[,"\r\n]`の評価が偽であればマッチしたことになります。マッチしたとしても,現在処理している入力テキストの位置は進めません。 続いてダブルクォート有りのフィールドです。 DQ_FIELD <- '"' (!["] . / '""')* '"' この規則は「両端にダブルクォートがあって,その間はダブルクォートでない任意の文字か2連続するダブルクォートの0以上の繰り返し」という意味です。 ではこの2つの規則をまとめましょう。 FIELD <- DQ_FIELD / NO_DQUOTE_FIELD これは「DQ_FIELDかNO_DQUOTE_FIELDにマッチ」を意味します。`/`は「Priority Choise」と呼ばれ,左から右に式の要素を評価します。評価が真になった時点でマッチに成功します。 このDQ_FIELDとNO_DQUOTE_FIELDの順序はとても重要です。もしこの順序を逆にすると,ダブルクォート文字列はNO_DQUOTE_FIELDの規則で誤ってマッチしてしまい,DQ_FIELDとしては認識されなくなってしまいます。(ダブルクォート文字列は,最初のクオート無しのフィールド規則で長さ0のフィールドとしてマッチしてしまい,続くダブルクォート有りのフィールド規則にたどりつかないからです。) 続いてレコード規則を定義します。 RECORD <- FIELD (',' FIELD)* これは「1回以上のFIELDの繰り返し」を意味します。この形式は,「要素が最低1回以上出現するリスト」を表現するイディオムです。(「要素が0回以上出現するリスト」は`(ELEM (DELM ELEM)*)?`で表します。) 開始規則であるCSV規則は, CSV <- RECORD (NL RECORD)* NL? と定義できます。改行文字を定義を忘れていましたね… NL <- '\r\n' / '\r' / '\n' この場合も要素の順序に気をつけてください。`\r\n`を`\r`の後に置くなら,`\r\n`は決してマッチしなくなります。 CSVの文法が定義できました! CSV <- RECORD (NL RECORD)* NL? RECORD <- FIELD (',' FIELD)* FIELD <- DQ_FIELD / NO_DQUOTE_FIELD NO_DQUOTE_FIELD <- (![,"\r\n] .)* DQ_FIELD <- '"' (!["] . / '""')* '"' これが確かに正しいかテストしてみましょう。 [Link_BasicGrammar]: http://kmizu.hatenablog.com/entry/20100203/1265183754 [Link_Ford]: http://pdos.csail.mit.edu/papers/parsing:popl04.pdf